ブログを続ける三つの理由について





これは多くの方に共感していただけることではないかと勝手に思っているのだが、ブログにはある意味で自分の生き恥を晒すような側面があると思う。

数日~数か月後に読み返そうものなら、人によっては、まるで録音した自分の声を聞く時のようなきもちわるさを感じることもあるのではないだろうか。

かく言う私自身、いつも「あとは野となれ山となれ」という思い(勢い)で投稿ボタンをクリックしている。

こうした無のブログを更新するだけでも、かなりの勢いが必要なのだ。
(酒で酔っている状態の方が書きやすいが、だいたいはシラフの頭で書いている。)

「別に大した中身もないブログをわざわざそこまでして書かなければいいのに」という声が聞こえてきそうだが、以下の三つの理由でなんとなく続けている。

一つ目は定点観測として。

ある種の気恥ずかしさを伴うとはいえ、あとで読み返すと、当時の自分が考えていたことを思い出すことができて面白い。当ブログのような無のブログであっても、文章化するにあたっては多少なりとも考えを整理し、文章を推敲する必要がある。そして、その過程というのがわりと記憶の片隅には残っているもので、数年前の記事であっても、読み返すと当時たどった思考をそのままトレースできたりする。読み返しながら、記事には書かれていない、当時のプライベートでの出来事なども思い出したりするのだが、そんな「思い出カムバック機能」をブログは持っているようで、そういうのが思いがけなく面白かったりする。

二つ目の理由は、ブログをインターネット上での名刺代わりとするためだ。

収益化目的で始めたブログだが、アフィリエイトやアドセンスが正直よくわかっていない。
もっと効率的なやり方があるのだろうけれど、なんとなく興味が薄れてしまって、最初に設定した状態で放置してしまっている。更新も途切れ途切れだし、中身もそのときの気分次第でしか更新できないので、当初こそそれなりの収益をもたらしたものの、今では収益ブログとは到底言い難いような収益(月に数十円とかせいぜい数百円)しか出ず、もはや採算度外視の状態である。
それでも時折更新を続けるのは、書き溜めた記事が自分の自己紹介(名刺代わり)になると思ってのことだ。ブログで嘘を書き続けることは少なくとも自分にはできない。表面上いくら取り繕ったとしても、文章を書き続けるうちに、その文章にはどうしても書き手の人となりというものがにじみ出てくるのではないかと考えている。そして、その隠しきれずににじみ出てしまった部分こそがその人をよく表すのだとも考えている。だから私は、「こんなダメ人間ですけど、それでもよい方はお付き合いよろしくお願いしますね」というような思いをどこかに込めながらブログを更新している。

三つ目(最後)の理由は、自己療養だ。

インターネットで公開している以上は、当然ながら第三者に読まれることを意識したうえで書く必要があるのだろう。私も一応は読まれることを意識しているが、第三者のために書いているというよりは、あくまで自己療養として(自分のために)書いている節が大いにある。その時感じているやり場のない思い、どうしようもない感情を一定程度整理し、最低限の輪郭を与え、アウトプットしたものがこのブログだと言っていい。私自身、「箱庭療法」的な感じで、書くことによって考えや感情が整理され、楽になる恩恵は確かに得られているように思う。

なんだか少しばかり堅苦しい内容となってしまったような気もするが、以上が私の「ブログを続ける理由」だ。
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